ぼっちの小部屋

フリーライターの雑記帳(不定期更新)

大手病

就活という言葉が世の中に浸透して何年経っただろうか。私の持論では本来の「就職活動」という意味は薄れ「就社活動」に変化しつつある、と考えていることはこれまでの記事を見ていただければ分かるだろう。

多くの就活生はなぜ「新しい飲料を作りたいから飲料メーカーに入りたい」のではなく、「飲料メーカーに入りたいから飲料を作りたい(と言う)」のだろうか。私には理解し難いし、本人も多少疑問に思いながらも「周りと同じようにしなきゃ」「就活本とかネットに書いてあった」とかそういうことを鵜呑みにして就活に励んでいるのではなかろうか。
 
私の友人に業種を絞らずに、各業界のトップ1〜5くらいを総当り的に受けている人がいる。それは私には理解できない行為だが、一面で社会的には(就活生的には)正しい行為だとも思うのである。
「なんで業種を絞って就活をしないのか。大手だったらどこでもいいのか。」という質問に対して、その友人は「自分の向き不向きが分からないし、企業が選んでくれるならそれを利用したい」と答えてくれた。なるほど、確かにその考えは合理的かもしれない。業界への適性を自らで切り捨てるのではなく、企業から切り捨ててもらう。合理的だ。
 
しかし、質問した通り結局のところ「どの会社でもいい」のである。ライフワークバランスが叫ばれるこのご時世であるし、仕事というのは確かにそこそこにやればいいかもしれない。だが、それなりに高待遇で社会的価値を自分に認められてしまえば、あとはどんな仕事でもやってみるという判断はいささか早計ではないだろうか。
たしかに「やってみてダメだったら次に行けばいい」という考え方は理解できるが、事就活及び企業選択に関して言えばこのような考え方は危険ではないかと私は思う。今の日本社会において転職は万人にとって良い結果が生まれるとは言えない。それは半分以上の転職者が前の職場よりも給与も待遇も落ちたとアンケートで答えていることからも分かるだろう。
 
日本においては就職という行為は「たった一度きり」なのである。だからこそ大企業ばかり、しかも業種を絞らずという考え方は危険であるし、オススメできないのである。
 
これが世間でいうところの「大手病」とその処方箋である。